



平成21年(2009年)高岡は、加賀藩二代藩主前田利長公がこの地に城を築いて入城してから400年目の節目の年を迎えます。当時関野と呼ばれていたこの地は、利長公によって「高岡」と命名され、はじめて町としての産声を上げました。利長公はかつて住んだ守山や富山はもとより、各地から人々を呼び寄せ、城下町を開く一方、領内の鋳物師たちに土地を与えて鋳物場を開設させるなど殖産興業にも努めました。
その後、慶長19年(1614)に利長公が高岡城で薨じ、翌元和元年に幕府が一国一城令を発すると高岡城は廃城となります。しかし、三代藩主利常公は、兄の開いた町が廃れることを惜しみ、さまざまな特権を与えて商工の町としての再生を図りました。
おかげさまで、高岡は北陸を代表する商工業都市として生まれ変わり、いまも「ものづくり」の町として発展を続けています。また、利長公の菩提寺である国宝瑞龍寺や御車山をはじめとする多くの文化財はもとより、雅楽などの伝統文化なども脈々といまに受け継がれ、裾野の広い文化都市として確固たる地位を築いています。
これも、この町を開いた前田利長公、この町を育てた利常公をはじめとする多くの先人の努力の賜物です。私たちは400年の節目に当たり、これら先人に感謝しつつ今日を祝い、あらたなる飛躍を目指して次の一歩を力強く踏み出して行きたいと考えています。どうか、この節目の年がすばらしい一年となりますよう、市民の皆様方の大きなご支援とご協力をお願いいたします。
平成19年7月
高岡開町400年記念イベント実行委員会長 橘 慶一郎(高岡市長)

